SUBARU(スバル)車ってどう? 私がスバリストを辞めた3つの理由(前編)

東京モーターショーに行ってきました。

いろいろなメーカーを一度に見学すると、それぞれの個性が比較しやすく、車好きにはたまらないイベントです。

SUBARUのブースではモニターとスモークを使った演出が施されたショーで、たくさんの人が集まっていました。

上記の写真がコンセプトカーですが、良くも悪くもSUBARUらしいデザインです。

東京モーターショーでスバルのショーを見たときに、私がスバリストを辞めた理由が思い出されました。

車の製造体制や企業体質などがニュースを賑わせている今だからこそ、私が体験したことを記事にしようと思います。

SUBARU(スバル)車ってどう? スバリストって?

SUBARU(スバル)は、2017年3月までは富士重工業株式会社という名前だった車メーカーです。

飛行機から始まった会社で、SUBARU社の前身は大正時代まで遡る古き由緒ある会社。

2017年4月に自動車ブランドとして浸透していたSUBARUに社名を変更したようです。

スバルを代表する車といえば、レガシィ・ツーリングワゴンでした。

レガシィは4WDとして、そしてツーリングワゴンとしても代表格の車種として有名でした。

スキー場へ行くと、駐車場の車は新旧のレガシィばかりというほど、どこを切り取って撮影してもレガシィが映るのではないかというほど停まっていました。

また、その頃のスバル車はMT(マニュアルトランスミッション)の設定があり、スキーヤーだけでなくコアなユーザーにも人気がありました。

煌びやかさはないけれど堅実な車といった印象だったと思います。

そして、スバル車を愛するファンのことをスバリストと呼びます。

スバリストは、世界中に多く存在しています。

私が乗った最初のSUBARU(スバル)車

私は、BF型・BH型のレガシィを乗りました。

BH型はつい少し前まで街中で見かけることもあったので、大切にしているユーザーが多いことが想像できます。

最初に乗ったのは、BF型のレガシィで、MT(マニュアルトランスミッション)車でした。

当時ターボ車は高価で予算オーバーだったことから、BF型ツインカム・ノンターボの4WD車(VZ type-R)MTを選択しました。

当時の私はボンネットにあるボコッと飛び出たデザインが好きではなかったので、ノンターボのデザインに不満もなく、キャンプやスキーに行くのに愛用していました。

その頃メジャーになってきたスタッドレスタイヤに4WDの組み合わせは、雪道でも難なく走ることができ、高速道路のチェーン規制で車外に出ることなく通過できた時は感動したものでした。

そして今でこそワゴンは一般的になりましたが、当時は営業車用のバンを除くとツーリングワゴンと呼ばれる車種は2車種ほどしかありませんでした。

ワゴンはベビーカーやキャンプ用品・スキー用品を積みやすく、それでいて雨天などは車内から荷物を取り出すこともできて非常に便利なものだったのです。

車に数々の異常が出始めた

最初はボンネットから煙が出た

BF型 VZ type-R MTに乗り始めて半年ほど経った頃です。

寒い雨の高速道路を走行し、SAに停車したところ、ボンネットから煙が出ていました。

雨水がボンネットの熱で蒸発している蒸気なのかなと軽く考え、そのまま目的地のICまで走行を続けました。

それでも停まるたびに蒸気を目視で確認することができ、焦げ臭い、何かが溶けるような臭いがし始めました。

今まで寒い雨の日でも同じようなことはなかったので、気になった私はICを降りて直ぐのデイーラー(販売店)に立ち寄りました。

サービスの人に見てもらったところ、驚く一言を聞くことに・・・!

サービス
お客さん、エンジンオイルがほとんど無いよ
え?オイル交換したばかりなんです
サービス
うーーん、もしかすると、どこかから漏れているのかもしれないね〜

土砂降りの雨で煙や臭いが区別しにくかったため、気がつくのが遅れましたが、あのまま走行をし続けたらエンジンから出火していた可能性があったそうです。

その時はエンジンオイルを2缶購入し、途中で注ぎ足しながら走行し帰宅しました。

帰宅した翌日に購入したSUBARUのディーラーへ相談に行くと、そのままエンジンの無償交換になりました。

どこが故障していたのか質問しましたが、技術的な説明はなく「安全のための予備交換」とのことでした。

予備でエンジンを交換してくれるなんて、しっかりしたメーカーなんだなと思いました。

2番目はエンジンチェックの警告灯が点灯

最初の異常から2ヶ月ほど経った頃でしょうか。

また高速道路を走行中のことでした。
80kmほど走ったところで「エンジンチェック」の警告灯が灯りました。

これから500km以上を走行する予定だったし、前回のように車が発火する可能性があったら大変だと思い、ディーラーへ引き返すことにしました。

その時はセンサーの異常ということで、センサー無償交換をして貰い、2時間ほどのロスで目的地へと再出発をしました。

新車というのは、これほどいろいろな異常が出るものなのかと不思議に思ったのを覚えています。

3番目は、なんと走行中にエンジンが停止!!

乗り始めて3年目のことです。

初めての車検を通した頃からエンジンに異常が出始めました。

走行中にエンジンが急に回転しなくなる現象が起き始めたのです。

この症状は頻繁に発生し、時には車線の合流などで突然車が停止し追突されそうになるという、なんとも危険な出来事がありました。

これが1回や2回ではなく、何度も何度もあるのです。

交差点で右折中に止まった時には、冷や汗をかきました。

これではいつ事故を起こすかわからないと思い、直ぐにディーラーへ相談に行きました。

メカニックの人に診断して貰いましたが、コンピューターでは異常が見られないので故障ではないとの結果でした。

それでもエンジンの回転が停止する現象は収まらず、再度ディーラーへ相談に行きました。

コンピューター診断では現象が確認できないため、メカニックの人を助手席に乗せ周囲を一周し、エンジンが停止する現象を実際に体験して貰いました。

メカニックの人も「確かにエンジンが止まりますね」と言いましたが、それでも「結論としてコンピューターで異常が検知されない以上、これは不具合ではありません」という回答でした。

「エンジンがまだ不安定なだけです」とも。

車が走っている最中にエンジンが止まり減速するなんて、明らかに異常な状態にもかかわらず「故障ではない」「不安定なだけ」という回答に納得ができず、メーカー(SUBARU)の相談室にも聞いてみました。

メーカーのメカニック員が車をみてくれましたが、結論は「原因不明」であり「故障とまでは言えない。できることはない」ということでした。

この頃にはココが原因ではないかという箇所があったのでディーラーのメカニックにも伝えましたが、答えは「コンピューターでは異常ありませんので、故障ではありません」から変わることはありませんでした。

ディーラーの担当営業マンが居留守を使わなければならない理由は何だろう

エンジンの一部が停止する現象で相談に行き始めて2度目の頃から、担当の営業さんが事務室の奥から出てくることがなくなりました。

この営業所は小さなパーテンションで区切られているだけだったので、奥にいても見えてしまう作りでした。

何かの拍子に目があっても、会釈すらしなくなってきたことに悲しくなりました。

ある時は、サービスの人に「担当営業は本日は終日外出で戻らないので、経過だけ伝えておきますね」と言われ、「今日も挨拶できなかったね」と話しながら駐車場へ向かうと、なんと担当営業さんが裏口の前で座ってタバコを吸っていたということがありました。

居留守を使っていたようです。

そんな姿を見た時には、この販売店とメーカーに不信感が芽生えました。

車の異常を感じ続ける私は、この販売店にとって招かざる客だったのでしょう。

この時は、とても悲しかったです。

そして、この1ヶ月後に、私はBF型 VZ type-R を手放しました。

リコール問題

私が車を手放してから約半年後のことでした。

ニュースでリコール隠しが話題となっていました。

この問題はスバルに限ったことではなく、当時は他社も様々なリコールを出していなかったと行政指導が入っていました。

話題のスバルでのケースは、回転数が上がったまま下がらずにブレーキをかけても減速せず正面衝突したというものでした。

富士重工業は、レガシィの販売に力を入れていたため販売成績に影響が出るのを恐れ、リコールにしなかったということのようでした。

この時、他にもリコールにすべき異常がみつかったそうで、その1つに私の車で起きていた現象も含まれていましが、リコールにはならなかったようです。

私の車にあった現象は、後に無償修理という対応になったとニュースで知りました。

もう半年早ければ、私はレガシィを手放さずに済んだのかもしれません。

私が1台目のレガシィを手放した理由

  1. 重要なエンジンという部分の故障が多く、安全性という面で信頼できなくなった
  2. 明らかに普通に走れないのに、故障として修理をして貰えなかった
  3. 担当営業所員の態度から、組織的に不信感が芽生えた

私は、この時このような理由でSUBARUとの別れを決めました。

これは私個人に起こった出来事で、全てのスバル車に起こるものではないし、もしかしたら私の車以外には起こっていなかったかもしれません。

SUBARUではなく、この販売会社、もっと言えばこの販売店だけが特別だったかもしれません。

ただ車という安全性が最重要なツールによって危険にさらされるという出来事は、万が一にもあってはならないのではないかと感じました。

いろいろありましたが、順調に走っている間のレガシィは、とても頼もしい車でした。

たくさんの楽しいことを一緒に過ごした親友でもありました。

それなのに、このような結末を迎えたことはとても悲しいことです。

しかし、SUBARUが素晴らしい技術を持っていることは、今も昔も変わらないと感じます。

私の出来事は十年以上も前のことになので、今は全然違って信頼できる会社かもしれません。

私は今のスバル車が、安全性に信用がおけて楽しい車になっていることを心から願っています。

それを表すように、十数年前の私はもう一度スバルを信用してみたいと考え、再びレガシィを買っています。

車って恋愛に似ていて、相性なんだと思うのです。

私とスバル車の相性が悪かっただけなんだろうと考えています。

ただ些細なことでボタンを掛け違えてしまい、喧嘩別れをしてしまったと言うこと。

それでも相手の素晴らしさが忘れられず、元の鞘に戻ったのです。

そのレガシィ時代に起こったSUBARUとの出来事は、長くなるので次回お話ししたいと思います。

SUBARU(スバル)車ってどう? 私がスバリストを辞めた3つの理由(後編)へ続く・・・

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